Zero Areas

遠い陽光の中に消し忘れられた落書 - それが“想”だった頃

01/12のツイートまとめ

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Zero_Areas

今日は今日だけの冬だのに、普通に生き、死んでゆくことの、なんという困難さだ
01-12 17:24

「かなしみ」は「個」なんだと想う、「けっして、ひとりではない」ということだ悲しくてやりきれない - esq(エスク)https://t.co/iZ3an9zCGw
01-12 17:22

ゴリラの「ココ」を想いだす>ある日、ボールは車に轢かれて死んでしまう。 飼育係のパターソンがその事を手話でココに伝えた所、ココは少しの沈黙の後に「話したくない」と答えた。https://t.co/a6V4lCOZzV
01-12 17:16

新山詩織の「悲しくてやりきれない」は近いところだと奥田民生に近いんだろうけど、もっと突き放し突き放された「ただの、かなしみ」だ
01-12 17:13

大切にされたテンポ、そして乾いた感じ、独特だけど好きだ「悲しくてやりきれない」(ショートver.) 新山詩織 https://t.co/zzpTRNF9H1
01-12 04:01

01/10のツイートまとめ

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Zero_Areas

「あ、これいいな…」と想った詩の一節を見かけた記憶だけがある、少し、かなしい
01-10 23:40

月勤とか単純に統計とか呼んでたけど本当にメンドウ…というか事業所が提出するデータ自体をプログラムでも組んで自動化でもしないと、実質的に正確な数値で提出するのは不可能だった記憶がある
01-10 21:40

本が読めて喜んだのは三日くらいか、儚いとは言わない、貴重だという、その三日で私はしばらく生きる
01-10 14:32

けして開か(れ)ないことによって

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…と、ミムラねえさんはいいました。
「毛の質だっていいし、色もすてきだわ。まあ、あなた、なんにもできないんですって。でもさ、とにかくはらをたてることはできたわね。テーブルの下にもぐりこんでさ、なにもかも、めちゃくちゃにしちまったじゃないの」…

「ムーミン谷の十一月」の194ページによるとホムサ・トフトは、そうミムラねえさんに言われたそうだ。

女はあえぎながら「いっちゃう…」とささやき、男は「だめだよ、まだいっちゃ」と定型を返し、女は「ダメなんですか…」と更なる定型で返す(M婦人不倫調教30)。
定型を定型のみによって定型から解放すること、それはSMプレイにできる唯一の快楽だ。

まるで歴史のように幾たびも繰りかえされてきた歌を歌うためだけに祭典が開かれる。あたかも、この国が「その歌」がなければ滅亡してしまうかのように温かな歌の祭典。
ホームレスも、轢死の死体も、老人ホームの嗚咽も、光を失う虐待されし瞳(X)も、すべては美しく歌で塗り殺される。

「いつものように」

出ることも、出ないことも良心に従っている。
「悪徳に従うべきなのに、出ることも出ないことも「良心」に縛られているのだ。」
とは、わたしは言わない。

PCの電源を落とさない方法を覚えなければ、PCを離れるたびにスリープされてしまう、「そういう設定」なのだ。
だので、それだけのためにYouTubeの自動設定は「on」になっている。
わたしは、わたしの良心に正しく従っている。
それとは無関係に、わたしは言わない。

あるいは、けして開か(れ)ない沈黙によってのみ、わたしは知ることができるだろうか、風が吹く季節の壊れた原因というヤツを。
あるいは、けして開か(れ)ない(Y)によってのみ、お前は知ることができるのだろうか、遠くを目指すことを、もうやめてしまった星々の眠りというヤツを。

髪をほどいたミムラねえさんを、幼少のわたしは知ることがない。
意地悪な目つきと意地悪な舌、精一杯の悪意を込めた小さな体…
十一月になるまで、ムーミン谷には、どのような季節がどれだけ訪れたのだろうか?
はたして詩は、問いに答えて終わるべきなのだろうか?
問いを呈するだけで終わって良いのだろうか?

良心を開くこと、そのことによって、わたしたちは常に閉じているのだ。
無限に見えるほどの良心の開きによって、常に先行する、あの邪悪な眼を。
なによりもカナシイをかかえこんで決して放さない、あの邪悪な眼を。

…をこっちにむけてやるんだよ」と男が言う。
目隠しされた女が定型の位置につき、定型の言葉を返し、男は…

初出:note.mu(2018.12.30)

吹くたびにおなじ風が吹く

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もし「だまされた」と知って、再度、同じことを繰返すのは愚かなことだろうか?
はたして一度目に、「だまされた」と、ひとは知ることができるのだろうか…?

風に吹かれるたびに、坂を転がる枯草の塊の名前を知らない。
きっと川…汚れた泡を吹いている川のように腐った風なのだが、微風に変わるだけでバラを咲かせ、ついには路上の老婆さえをも読書人に変えてしまう。ひとなどいないのだ、あのショッピングモールを、いくら駆けめぐったとしても。

「そこかしこにいる<アレ>が見えるのか?」
男が犬のようにつぶやく。となりの女は、遠くのクレープ屋につむったままの目を向けながら匂いを探っている。
かれらの間には、まだ「友だち」を知らない歳の子どもが挟まれたまま、黙ってアイスをなめている。

「見えないわよ、見てないんだから」
30分を過ぎると面倒くさそうに女が言う。かれらの会話は、それで終わる。
かれらの30分には、ただひとつの「改行」が与えられただけだった。

男の子が拾い集めるのは、いつも枯れた新聞の切れ端で、男がそれを食ってやっていた。
女は風呂に入ったまま、ただ歌う歌を探している、日本の女だった。

「なんどでも だまされてあげる」
女が歌うたびに男がうめき、男の子が新聞を与える。

「なんどでも なんどでも だまされてあげるわ、あなたになら」
風がふくたびに、女の歌声が漏れ出ていった。

消しゴムには名前を与えよ

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名前のない消しゴムさえ消えることが出来るのだろうかと問いながら、うしなって、あるいは元より存在などしなかった言葉を踏みしめる。
「投稿」をクリックすると「下書き」という文字が目に入り、「ノート一覧」を見ると「タイトル未設定」と書かれた「下書き」が残っていた。
そこに書かれた「2015/06/29」という日付に時間が収束していく。

ノスタルジアよ、貴様の、あのシベリア平原を解き放てよ。
抒情は決してセンチメンタリズムなどではない、もし、そこにセンチメンタリズムが介入するなら、抒情は崩壊する、抒情とは訣別である。

私のとっての詩人…つまりは数人の消息をたどりながら、私はうしなったすべてを数えることを、そうして諦めてゆけるだろうかと問う。
その問いは過去であり、今であり、未来である、すべてである。

mさんに言っておこう、詩の出来の悪さは、詩のスタートの兆しでしかない、と。
ようやく開き始めた、その目を閉じないでください。
どんな風よりも弱い風にさえ閉じてきてしまった、その目を閉じないでください。

そしてnさんに言っておこう、あなたの雨には終わりはないかもしれないが、温度を与えることは出来るだろう、と。
その、雨にしかあたえることのできない温度を保ちながら、私を温め続けてください、と。

さらにまた、hlさんに言っておこう、ハイトーンの泣き声は決して高音ではない、と。
むしろ私たちが常にさらされているのは、あまりに低い、あのハイトーンの泣き声、天からだけ降ってくるような泣き声だった、そう想う、と。

最後に…tiakiちゃん、きみの言葉は永遠に失われるだろう。
私があずかった「詩を書けよ」という言葉も追いつかない速さで、うしなわれるだろう。
それが、どんなに素敵なことか、きみだけが知っているのだろう。
私は、言葉を失う苦しみには立ちつくすことしかできなかった。

そしてきみの言葉は永遠に失われるだろう。
だから、ここで伝えておこう。

「書けよ、詩を」

初出:note.mu(2018.12.16)